大学時代に関西からやってきた教師志望の奴と話をしていてシャツの呼び名でモメた事がある。
「大学生はワイシャツとは言わへん、カッターシャツ言うんや!」
というわけで、関西では「ワイシャツ」のことを「カッターシャツ」と呼ぶらしい。
語源はどうもMIZUNOの製品名、そしてワイシャツは社会人、カッターシャツは学生のイメージ、だそう。
やたら連呼していたし、議論するくらいだったので意図的にカッターシャツと呼びたかったのだろう。
そいつは哲学に傾倒してラカンだのデリダだのと小うるさかったので、
「ワイシャツ」より「カッターシャツ」の鋭角的なイメージが合っているとは思った。
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一方で「ワイシャツ」となると語源は「ホワイトシャツ」である。
語感が丸いのと相まって、尖ったイメージは薄く、どちらかと言うと日常感を感じられる。
ような気がする。
今日はビシっとキメていきたいなっていうときは「カッターシャツ」って言えばいい。
それだけでスーツと同様、重要な仕事を適切にこなすにあたって戦闘服のような力を与えてくれるだろう。
逆に、あーだるい会社行きたくないすぐに昼から直帰でビール飲んで映画でも観たいって時はワイシャツでもいい。
ホワァイシャツゥ、みたいにすごい「なぜ会社いかなきゃならんのぉ」みたいなニュアンスで。
きっとクソ眠たそうなツラの部下を見て「ああこいつも疲れてんかなぁ」とか上司が配慮してくれるような、
そんなホワァイトな就労環境の構築の一端を担う事ができるだろう。
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「名」というのは大切なもので、名前をつけることで様々な現象が起こる。
概念と世界と峻別、開闢の省略、その他小難しいことが色々とある。
大学時代にはキャンパスに在住する白猫に「ユクスキュル」と名付けていた。
生物学者の名である。
会ってエサをやるたびに「エサを食べるユクスキュルの主体世界で俺は生命計画の一要素」とかなんとか、
mixiに書き込んで変な目で見られていた黒い時代もあった、ああ、あったあった。
でも、あの感覚を憶えたからこそ、今わかることもある。
休日のシャツはワイシャツで、平日のシャツはカッターシャツというのもいい。
小津安二郎とかウディアレンが好きなら必然的にワイシャツ。
逆にレザボアドッグみたいなスタイルならカッターシャツの方が合うのかもしれない。
ブラックのナローラペル+タイで仕事してる人なんて極少数だろうけど。
または、いつかのドリスバンノッテンみたいにシャツ一着一着に名前をつけるのも面白い。
忘れまくったのでやめたけど。
というわけでスピッツの『名前をつけてやる』を聴きながらさようなら。
この猫ジェイムスブレイクジャケは秀逸。