すべて裸体の思想というものを彼は恐れていた

美しいものは必ず人間を殺す それが彼の口癖だった

田村隆一”黄金幻想”

ユニクロがデザイナーズインビテーションを始める少し前。垢抜ける直前で、アイテムによってはひどいデザインのものもあり、よく掲示板でネタにされていた。当時はトレンドを取り入れたアイテムはメンズにはあまりなく、ウィメンズのアイテムが羨ましく見えたものだ。そのためタイト厨だった私はウィメンズの大き目のサイズを着る事もあった。

ウィメンズアイテムの中で、違いを思い知ったのはトラウザーだった。普段からトラウザーを履いている上、単品を見るとあまり違いがわからないので、よけいに履いた時に違いに意識が向かう。特に腰回り。ヒップと太ももの容量だ。メンズのものより大きく取っているため、平尻で太ももが細い私の体からは生地が離れる。生地が薄いのでまとわりつく。そのためどうやっても不格好で、トラウザーだけは履けなかった。

ところがこのトラウザーはそれを越えてきた。

ゆるく、ほどよくテーパードするシルエット
裾幅20.5cm。実は僅かにモーニングにしている
ベルトループも尾錠もサスペンダー釦もなく、後ろポケットのボタンもない。サイドポケットもバーティカルでシームと一体化している

とにかく簡素なつくりで、強く美しい生地。

BLAMINKは2016年に立ち上がったブランドでデザイナーは吉武味早子氏。誰、と思ったけどあのアローズ傘下のハイエンドセレクトショップ、Drawerの元デザイナーである。見た目上品な方なので世田谷っぽいと勝手に先入観を抱いている。BLAMINKにはブランドコンセプトやシーズンテーマが無く、過剰なデザインも無く、トレンドも無い。とにかく上質にシンプルに。

10年以上の歴史を持つDrawerは、時にオリジナルから作り出す上質な素材、トレンドの影響をあまり受けないシンプルなデザイン、テーラリングを取り入れるパターンニングなど、静謐な佇まいに適合する良質な服という印象である。

BLAMINKはより高潔な、凛とした意志を感じる服が多い。メンズがある事からも辛めのテイストに寄せているのだろう。Drawerをたくさん見ているわけではないので何ともいえないが、元Drawerの靱江氏が23年に立ち上げた、テーラードを得意とするBOWTEも「メンズウェア全般への憧れ」を謳っている。察するに吉武氏はメンズウェアへの何らかの想いがあるのだろう。それにしてもこのパンツに感じられる透徹した美意識には圧倒されるものがある。

マーベルトにロゴが入っている。ジップを金にするならフロントのホックも金で良かったんじゃないだろうか。それにしても天狗のカットが美しい
金riri。
かなりハリがあり、ドライで、コシがあるけれど鈍い艶が素晴らしい

ゴリゴリのウール。強撚糸。それでいてツヤがあるので、相当に良い生地なのだと思う。そりゃそうだ、価格は7万。高い。このしっかりと重みがある生地の落ち方が最高に綺麗で、仕立て映えとはこの事をさす、という出来。日本製だけどどこで作っているのだろう。

既製品のくせにアジャスターやベルトループなどの調整できる仕様が一切なく、非常にクリーンな見た目。デザインは徹底的に削いでいくと美しくなる。これは寂しくする。奇跡的にサイズが合ったので買った。同じスラックスタイプだが、前回の五十嵐トラウザーズとはまた全く違う系統。

多分本水牛。

メンズアイテムではなくレディースのアイテムなので、結局腰回りは大きい。大きいのだがこの生地の落ち感や仕様も相まって非常に良い出来のため、気にせず履いている。

結局、良い生地と良いパターンと最低限の構成、それが整っていれば余計なものを足して差異化を図るよりも遥かに良いものになる。なるのだが、その選び方、それぞれのバランスを決める、そのものが非常に難しい。この難しさは言語化できるものではなく、それがまだ人に頼らざるを得ない理由。だからこそ吉武味早子という人のセンスが貴重で、人を惹きつけるのだろう。

4年前アローズが事業再編した時、BLAMINKを運営するデザインズの決算は経常で1億強の赤字であった。BLAMINK、売れてるんだろうか。