「A子って元気で良い子だなーって思うんだけど、食べ方が気になるんだよね、ハンバーガーとかさ、割と指につくじゃん?マスタードとか。そういうの平気で舐めるし、この前もポテトの油をジーンズのポッケの部分で拭いててさ。さすがに衛生的にダメな事まではしてないし、本人もわかってるみたいだけど。俺も汚いとまでは思わないし、まあそのうち慣れるだろうと思うんだけどね~~~」挙式後の三次会で新郎よりあったよもやま話。その後どうなったかは言うまでもない。
いつか慣れる、いつか解決できる、そう考えて伴侶を選ぶと大抵の場合、その一部がとても気になり始める。
リングヂャケットマイスターのジャケットはそういうやつだった。肩幅の大きさが気になった。まあ慣れるだろう、トレンド的には主流だし、と思っていた。着るたびに「オラオラ肩でやってくぜ俺は」って言ってきて、共に仕事をするのが苦痛だった。これがイタリアのサルトのスーツなら逆に良かったのかもしれない。マイスターのスーツって、既成スーツの中で選ぶなら、個人的にはつくりは最高峰で最適な選択と思っているので、なおさら一点に曇りがあると悔いがある。私は服のメンヘラなので、あんたが全部私のものにならないなら、私、何もいらない、というわけ。”痘痕も靨”とか言ってる奴はメンヘラの事を何もわかっていない日向の人間である。気持ち悪い。
そういうわけで気付けばローテーションから外れて、最終的には人の手に渡ることとなった。その人から代わりに渡されたものがこれ。クリスタセヤの定番、ブリーチデニムトラウザー。ところがこれ、まったく興味無かった一本。
彼女の事は以前から知っていたのだけれど、恋心を抱いたことは無かった。日仏ハーフで育ちは成城、国立の小中学校を経て今はシンクタンクで働く彼女。お嬢様でありながら、大雑把な振る舞いで、時に快活に振る舞う。いつもこざっぱりとした格好で、大学では男女分け隔てなく接していた。(クリスタセヤ自体は知ってたけどなんかスカしてるしたけぇし縁がないだろうと思っていた)
何度か食事の席を共にする事はあった。枝豆を一粒ずつ静かに口へ運び、都度箸を揃えて置くような所作を自然にこなす彼女は別の世界の住人で、デートをするなどという予感が無かった。(何度か試着したりはしたが、洒落たタグと澄ました発色が綺麗でデリケートな印象があったので、買う事は無さそうだなと思った)
浅黒い肌はしなやかで、最低限の手入れを怠っていない健康的な艶がある。(曖昧で上品な色落ち。ケミカルウォッシュデニム感スレスレな色合い)
小麦肌で健康的な女性は好みであった。が、エスタブリッシュな人ではなく、好奇心旺盛で恐れを知らないアウトドアな人を追い求めていた私は、彼女とは縁がないと思っていたのだった。(フェードした大きめのデニムは探していたが、プリーツが入るようなトラウザータイプの想定はなく、粗野な色落ちを求めているつもりだった)
黒っぽいTシャツを脱いだ時にはもう朝焼けだった。彼女には右肩に刺青がある。明け方、彼女の口から漏れた”二十歳の誕生日に刺されたの”という呟きが今も忘れられない。(玉縁ポケットの上に小さなレザーパッチがある)
マノロの靴にツイードのワイドパンツを履き、大きい歩幅で歩く。でも、彼女の足音は控えめで洗練されている。(深い股上だけれど、ストリートな雰囲気はそれほどない)
いつもランチの提案について即決する彼女は、あらゆる物事を即座に決める。よく銀座のいしだやへ行ったが、季節の魚について不味ければ不満を良い、美味しければ屈託なく笑う裏表のなさを備える。(ゆるいテーパードでシンプルなライン、偏った色気もなく素直に落ちていく裾)
なんとも思わなかった彼女のやや低めで荒がない声や、細く長く日に曝された、鋭い象牙のような指。気付けばそれらに触れたくて、会う頻度は増していった。彼女はいつも笑っていた。都会の少女はにっこり笑う。にっこり笑って、鋭くなって、風。(ririジッパーは割とガリってるが可動性は良く、ボタンはジャケットのような水牛ボタンで厚みもあって掴みやすい。風。)
“真夜中は何くってもうまい”と笑いながら彼女は言った。(こんなんなんぼあってもいいですからね)
気付けば彼女と過ごす時間は増え、何が好みで、何をした時に笑うのか、無意識に彼女をほころばせようと行動が変容していた。出会った頃はこんなに多くの季節を彼女と過ごす事になるとは思わなかった。路上に風が震え、彼女は「すずしい」と笑いながら、夏だった。(すっと手が伸びて良く履くし、合う服もよくわかってきた位には着てるし、多分来年夏も履くし、とにかく、オレは、気づいたら、夏だった!)
彼女のことを好きなのかどうか、未だによくわからない。(そういうやつです)
※でも8万円のデニムはまっとうな人の感覚では高すぎると思います。
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