失敗した買い物

「ファッションセンス外注元年」という話がある。朝井リョウという作家の諧謔的なエッセイだ。服に興味がない筆者は、露出が多い仕事上、見栄えのする服が必要となるのでスタイリストに服を頼ったら上手くいった、という話だ。

彼は小説家として働く傍ら、GQの撮影で一流メゾンのスーツを着せられ、虚無に陥いる。

私の中のシャッターが完全に降りてしまった瞬間だった。そうなのだ、私は良い服を着ると、人類である自分の罪深さと愚かさに直面してしまい、人間活動のスイッチがオフになってしまうのだ。

風と共にゆとりぬ 2017

そういった考えを持つ人が服を選ぶ事は難しい。だから、人に選んでもらう事でその責任を免れる。

失敗したくない。賢い消費者でいたい。出来るだけ時間をかけずに、最適解を教えてほしい。誰からも非難・指摘を受けず、全方位から好意的な印象を持たれ、丈夫で長持ちする、そんな服を最短・最低限のコストで手に入れたい。その気持ちはわからなくもない。そんなものはない、などとは言いたくない。親父の小言のようではないか。そりゃ高いお金を払って手に入れた服でガッカリしたくない。

日々のコーディネートで失敗した事だってあるだろう。先日、Instagramで失敗したコーディネートとその理由をアップしている人がおり、面白いなと思わされた。タックインをすべきだった、など反省点をまとめており、失敗を分析し言語化して公開できるというのは、コーディネートにおいて有益な行いだと思う。

服の選択だってそうだ。「なんか気分じゃなくなった」という自分の気持ちの移ろいなのか、それとも必ず自分に似合わない/自分では不都合な何かの要素が転がっている場合は、出来るだけ言語化する必要がある。こんな事言っておきながらも、でかいコーデュロイパンツを十数年後越しで購入して同じ失敗をする、という失敗をしてたりもする。

ただ、世の中には「これは失敗の確度が高い、よしやってみよう」というチャレンジをかます馬鹿がいる。私だ。何をしたいかよく自分でもわからない。病気だ。否めない。ネタにしないとやってられない。

そういう訳で今回は失敗の一端を公開する。なお、既製品はまた別の回としてオーダー品のみとしたい。ブランドは一部伏せる。

1. m&s Fabric Tailored T-Shirt


伏せるとか書いた次の行でいきなりブランド名であるWEB受注のみでやっている国産のビスポークカットソー、m&s Fabric

というのも、これは失敗の原因が100%私にあるからである。商品はまったく悪くない。少なからず失敗は自分の責任にある、と考えて生きているのだが、そんな殊勝な座右の銘を公開している場合じゃない、完全にお前が悪いパターンが多いだろ、という戒めとして持ってきた。

一番着たロンTはエィスのUネックのテレコカットソー。アタッチメント、リップヴァンウィンクルを着た時期もあるにはあった。気に入っていたのはso by alexander by slobbeの黄色いカットソーと、kostas murkudisの臙脂色のリブT。とにかくUネックのカットソーが好きだった。でも大概のロンTは袖丈が足りない。ジャケットから少し袖が覗いて欲しい。長すぎて手に溜まるタイプは嫌だ。探していた。ずっと。買い物リストにあった。でも市場にない。全然見つからない。プレイ時間数百を超える頃、「もうオーダーしろよ…」とガイアが囁いた。そして気付けばメールしていたのである。ちなみにその頃にはシャツばかりでロンTもTシャツも全然着ていない。私のゴーストが囁いたのよ。

誤解が無いよう重ねて書く。品質は良い。対応も悪くない。アームホール付け根を変えたいと要望を出した時、脇高を図付きで指定して「ここですね?」と丁寧に確認してくれる対応は素晴らしかった。そんな対応の最中にも、「本当に着るのかな…」とかではなく「これは絶対着ない」という確信があった。もうこんなん、混じりっけなしに100%私が悪い。

Uネックはインナーに出来ない歳になってしまった

ビスポークのカットソーだから人に譲るわけにもいかないし、着古せないし、もうどうすればいいのか。呉の夫差に倣って吊るしておいて毎朝舐めては苦みを感じればいいのか。

2. 総手縫いシャツ、某所

総手縫いのスーツを驚異的な価格で引き受ける、そんなデザイナーが中央線沿いに工房を構えている。アトリエを訪れると、オーケストラルな荘厳な音楽がかかっており、至る所に納品待ちのビニールカバーがかかった服がかかっている。奥には謎の鳥が時折鳴いている。

不思議なアクセントのある日本語で、恐ろしく切れ長の目。全身から漂う殺気。念を纏っているのがわかる。幅広の湾曲刀を取り出しても違和感が無い。謎の大陸原産の茶を供され、聞くところによると「ダルクオーレで修業した」「洋服の青〇、コ〇〇などに、総手縫スーツを数百着と卸した」との事。

生地持ち込みでのスーツ仕立て価格は、仮縫い1-2回込で13万~16万。工程の95%が手縫い。他にも革作品ジャケットは12万~で、パターン作成は3万円で…

シャツもやってるヨ。

えっ、マジで?

3万弱で、生地持ち込みで総手縫いできるヨ。部分手縫いなら1万7千円ヨ。

この時点で普通の感覚の人なら、まず頼まないだろう。総手縫いシャツの相場は最低でも6万程。ひどいものが上がってくるに違いない。

しかし。しかしだ、万が一。万が一…この工場がソブリンハウスの下請けだったら?トゥモローランドの下請けだったら?店内にある謎に凝ったステッチのスーツや、はしご掛けされた手縫いのラペルを見ながら考える。こんなにマイナーなのは大手流通に忖度しての事なのかもしれない。ほらビニールカバーがかかってるスーツのタグは銀座の和名を冠したテーラーの名が書いてある(ビスポークは製品タグを付けない事もあるので知れないのだろう)。ここで大抵の人は帰るだろうが、そこがむしろ孔明の罠なのではないか…気付いたら私はDJAの180番手ポプリンと現金とモデルにするシャツを渡していた。

最初からパッカリングのある襟ステッチ。ギャルソン?

納品されたシャツの品質は「要件定義ってナニ?」というレベル。

Why Chinese People、ドレスシャツって言ったヨ私!酷いとしか言いようが無かった。全手縫いとの説明で「芯の縫いも手縫いなのか」と聞いたら「総手縫いヨ」という回答だった。ゴリゴリにミシン使っとるやんけ。手縫いだけどドレスシャツなので綺麗目スッキリに仕上げられるか?と聞いたが、「ノープロブレム」と答えられた。襟羽根のビキビキなステッチがワタシ、キレイ…?と言っている。なぜ回答が英語だったのか、その時立ち止まる慎重さがあればオフショア開発は失敗しなかったのかもしれない。

語尾に「ヨ」をつける中華人を信用してはいけないと、馳星周の小説であんなにも中国人に警戒するよう学んできたのに。騙す奴と騙される奴しかいない世界で転んでしまった。甘かった。

ボタンホールは縫いが細かいのか芯のせいなのか、ガチガチに硬い。周りに血管のような皺が走っている。手縫いなのかミシンなのかすらわからない。

ちなみに同時に行ってスーツをオーダーした友人は納品されていない

その後どうなったかは知らない。引き取りに行くと中華料理にされてしまうのではないか。

3. ビスポークスーツ、某所

ビスポークスーツはいくらぐらいが相場なのかと言えば、20万代なら大分安い方で、多くは30万代。コルコスは40万だし、チッチオは70万だとか聞く。ヴィックテーラーは40万位。キリンテーラーはやや安価だった気がするが、そもそも今国内にいない。

さて、そんな中、10万とちょっとで仮縫いありでビスポークスーツが出来る破格なお店が、大阪ではなく東京都内にはある。

わかるよ。わかる。不安でしょう。でもこういうのって結局作ってみないとわからないし実際に仕上がったものを見るとやや不安がある線だけれどそんなに悪く無さそうだし本人イタリアにも行ってるみたいだしピッティとかにモデルとか出してなんかやってるしほらビスポークスーツなのでデザインは自由でなんでもできることを加味するとありでしょなんかキャンペーンで安くなってるし今ならホラホラすぐにシュバッ(クレカ磁気スラッシュの音)

ほこりの吸引力が強い生地

まず生地。触った感じは良いかな…?と思っていたのだが、仕上がってみるととにかく変なシワが入る。これが気に入らない。ウールだ、と店員は言っていたが、本当だろうか?ポケットはフォワードセットなのに開口部分の距離がかなり短く、しかも入口の縫い目が堅い。そのため手が引っかかる。手を入れたりしてチェックしてないのでは。さらには着た状態で肩線が波打っている。それを見てフィッターは「・・・ヨシ!おおッ、カッコイイッスネ!」との事だった。お前がそう思うんならそうなんだろう お前ん中ではな

実は右下の丸の部分しか穴が空いていない。

極めつけはフラワーホールが下手。ズッキーニへのリスペクトか?という謎の形状。ただ、独特なブートニエールだな…?と思ったが、本丸はそこではなく、フラワーホールが切られていない謎の代物であるという事。本当にアスタリスク位しか空いてない。*。こんなフリスクも入らないようなアナルがなぜラペルに?not フラワーホール、yes アスホールマザファカ!以上だ!クソして寝ろ!サミュエル・L・ジャクソンに敬礼!

上記2,3からすぐにわかる事がある。相場に比して安物、つまり、オーダーでは「安物買いの銭失い」の相関係数が高い。どや顔で太字にしているが当たり前の事である。

ただこれがわかり辛い。工賃と生地代と分けて考えた上で、工賃にどれだけかかっているかを理解せねば難しい。70万のスーツのうち生地がビキューナで65万です、とかは話にならない。この辺りはまたビスポークとして書きたいと思う。

言いたい事は、我々は失敗する必要がある、という事と、失敗すると面白いよ、という事。数々の失敗をした結果は、服を購入する事以外にも活きる。勝手にそう思って今日も失敗する。

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2件のコメント

  1. コメント失礼致します。
    3番目のビスポークスーツ某所は銀座付近にありますか?
    フラワーホールが僕の持っているものと酷似してまして笑。

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