ナポリの手縫いスーツ屋アルフォンソ・シリカの、イギリスのミル「エドウィン・ウッドハウス」の6plyフレスコを使ったスーツ。

初めてアルフォンソ・シリカのウーステッドのスーツを見た時は驚いた。素晴らしい総手縫いで一針一針に職人の魂がこもった柔らかい着心地の…いやこれは縫製不良では???赤ら顔のオッサンのフケみたいなのラペルに散りばめられてるけどこれ…何…??あっ、ステッチや!え汚っ!!みたいな。

しかもラペルがまたクタクタ。バルミューダで1時間蒸して煤で茶色くなったキャベツさながら。着心地は頼りなく存在の耐えられない軽さ。某元編集長をして、良いイタリアのジャケットの着心地を「美女に後ろから優しく抱きしめられているような…」と表現されるが、何なんだあれ?美女ってどれ?この布っきれ?乳房は肩パッドの例え?モノホン総手縫い、スカスカやで。ガリガリのバリ薄の美女の想定か。吉原の幽霊?あーはいはい、ジャケットは見返し、って部分もあるし、見返り柳?みたいな事ですかい?

やあまあクソミソに言ってるけど、身頃に余裕を感じるのにウエストのくびれが付いてくる、腕を動かしても袖先裏が動かずに擦れない、などなど、これは地味に凄いのかもしれない、と思わされる。

このスーツも重い生地なのに軽く感じる。

以前、ある仕立て屋に行ったら店員さんが一瞥して卍解を初披露する死神みたいな緊張感のある静かな声で「――アルフォンソ・シリカ」と呟かれた。まあ店が店だしもはやナポリ・ソサエティ、その店員さんもナポリ手縫いテーラー界の王子みたいな人だったのでしょうがない。とらえようによっちゃあ判りやすいつまんねーもん着てるな、という意味。戦闘力…たったの5か…ゴミめ…。と言われたようなもん。でもこういうものを着る人はこういうものを扱う人の周りにいるんだなあ業界クソ狭いなあと思った。つまりその人はこれ読む可能性高い。イェーイ見てる?怖い。

沼の底で互いが纏う泥の質に熱い視線を注ぎあったそんな時のことを覚えている。沼在住の自覚は無いのだが。

個人的には、ラペルの返りとかダブルステッチとかフラワーホールより、この肩が最も気に入ったポイントの一つ。

芯地は薄く軽いのだが、ロープドショルダーの見た目。肩パッドは無い。芯を肩まで回し、裄綿をロープドっぽく作るというのはナポリにある手法らしく、英国生地に施されることがあるようだ。このつくりで出来ているジャケットは少ないものの、個人的に惹かれる。

あと取っちゃったので無いけど、マルジェラのカレンダータグの比でないショボいチリ紙みたいなサイズタグも良い。「やべっ縫い込み忘れた、けどまあそんなんわかりゃいいや」っていうノリの、シーチングの切れ端が変な所に縫い付けられていて、ティッシュのゴミが付着した様相。

ディティールとかは正直どうでもいいのだ。

さまざまにスーツを着て思ったのだが、変数が多すぎる。着心地・見た目のどちらとも複合的な要素の強弱で成り立っている。ヒゲがどう、セットインスリーブがどうとか、箇所にこだわっても意味がない。

そういうディティールの差異とかを吹き飛ばす生地。そう、これがマニア垂涎エドウィン・ウッドハウスの6ply。ビンテージ生地(なの?)の中では好まれる生地の一つで、近年ではそこに目を付けカノニコが独自に6plyを扱い始めた程。ゴリッゴリでスカッスカ。誰得。暑いのか寒いのかどっちかにしてよ。というフレスコで、私が酔狂だと知っている人ならまだしも、普通のスーツ着用者からすると「なんでこの人マタギの袈裟みたいなセットアップ着てるの…?」となる。ちなみに目付は17オンス程度。サムライジーンズさながら立つデニムと同等。社会人になってまで、洋服が立つ/立たないで購買心が勃つ/勃たないを左右されるのか。

色々書いたけど単純に着ていて気持ちいい。気持ちが高揚する。だから着る。

着倒したら更に着心地が良くなるはずである。だから着る。

この服は格好のよろしい物になる。だから着る。