明るいうちは陽の光で暑く、風が川のように涼しい。
夜は肌寒くなるけれど、しっとりとした空気がくっついてくる。
こんな季節にそこらへんを歩く時はシャツがするっとなじむ。
寒ければボタンを閉める。
暑ければ袖を捲る。
特にこうしたいと思う前に、シャツの方から頼まれる気持ちになる。
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コーヒーをすすりに、天井が高くて良く声が響く店に来た。
店員が目を合わせずに、ぼそりと「しゃいませ」と呟いて水を置いていった。
この接客を「欧米らしくていい」と喜び、明るく親しみのある挨拶を得られる常連になれるよう通い詰める人もいるらしい。
上質な暮らしにたどり着く為には険しい道のりがあるのだな、と納得した。
「質」は素質、性質、本質ということばが指すように、生まれた時から一人前になるまでに自ずと身についていくようなものなんだと思っている。
それを上等なものに変えるとは、アヒルが白鳥の群れに落ち着くために羽根に白いペンキを塗るようなものだ。
アクリルの臭いは鼻につく。
ペンキはいつだってあるわけではないし、代金もばかにならない。
白鳥の群れの管理人はぶっきらぼうにコーヒーのオーダーを取っていった。
慌ただしさをたたえた給仕に運ばれてきたコーヒーは浅煎りのものだった。
隣のテーブルにいた女性は、何かを探してデルヴォーのバッグを忙しそうにかき回しながら、ランチを注文していた。
ジョニ・ミッチェルみたいな声だった。
コーヒーを飲み終えて、レジでお金を払った。
シャツを羽織りながら、ごちそうさまでした、さようなら、と言って店を出た。
店内はひんやりとしていたが、リネンの肌触りは気持ちよかった。