クラシコイタリアの栄光。

ローマのバティストーニ。高級ブランドが立ち並ぶコンドッティ通りの奥まった道の先。高級紳士服のサロンだ。クラシックな紳士服の名店の一つだが、創業者がシャツ職人であったことからシャツで名を馳せた名門でもある。

バティストーニは、10年以上前の時点で500ドルからの仕立てとサイトに掲載していた。イタリアのクラシックなシャツでは長らくトップオブトップに位置していた。クラス感ではシャルベみたいなものと考えて間違いない。そのバティストーニの生産を行っていた所、という触れ込みがこのシャツブランド、charlyである。

前肩にちゃんと合わせてるつくりになってますね

日本で一か所だけここで受注可能、という面白な店主がいる場所があり、そこでは数年前の開始時点から3万円を切る破格だったのだが、ご多分に漏れず値上げのタイミングで、カルロリーバの生地でのオーダーが1着6万円というキャンペーンを展開していた。既製品で8万円、外国でのオーダーとなると10万円前後になってくるので、まあお得ではある。一方では国内で5万〜7万で作れたりもするので、ほんと国内シャツ工場はよくここまでやってるよ…と思ったりもする。まあその辺の雑感はさておき、とりあえずイタリアのシャツファクトリーの頂点は試さねばならぬ、と挑戦。え?2着から?あぁ~ロット2着的な世界ね~?まあT&Aの6着よりマシか~と高位の比較対象を持ってきて判断力を狂わせた。

2型の襟型のうち、セミワイドで小襟のスタイル。タイスペースは小さめ
ステッチ幅は広めで、こちらは盛り上がりなし仕様とした。襟端から5mmで8ステッチの運針
生地がほぼ残ってなくて嫌いな違いストライプを選ばざるを得なくなった。こちらは2型の襟型のうちのワイドカラー
これが結構こだわっているアイデンティティのようで、バティストーニはこの仕様らしい。一方で私はこの仕様を以前異なるメゾン・ラグジュアリー系ブランドのシャツで何度か見たことがあり、それらはここのファクトリーだったのではないか?と思った。いったいクラシックの方々はこの膨らみになにを見出しているのだろう
前から見ても横から見ても近くで見れば結構な盛り上がりであることがわかる。古臭い仕様に思えるのだが、クラシコイタリアのある一派での伝統的な仕様、とも解釈できるのだろうか

バティストーニの特徴は、襟のステッチから端までの膨らみ。ステッチ幅を5mmくらいとってのしっかりとしたパフのような盛り上がりである。これに加えて襟は(当たり前ではあるが)固めである。勝手な印象だが、ローマのシャツは北よりも南よりも固い気がしている。南はご存じの通り楽・柔らかさ・リラックス至上。北はシティ、洗練、といった感じでビジネスが盛んなこともありやや硬め。小襟も多いイメージ。対してローマはクラシックだ。タイドアップや構築的なスーツに負けないように、ということなのだろうか。

ちょっとしたエピソードだが、ローマのクラシックなシャツ屋では、イニシャルを左胸に入れるのがデフォルトと聞く。どこのシャツ屋だったか、カフに入れるよう頼んでも左胸に変更されたというエピソードも見た記憶がある。今回はイニシャル入れないで~というオーダーにも関わらず、そこはイタリア人、さも当然とイニシャルを入れて来た。ので、手で解いた。リネンテスターとリッパーと毛抜きを用い、さながら心臓系の外科手術。それくらいはよくある話、イタリア製品を扱ってるらしくさすが適当な店やな…程度である。だが、友人はイニシャルを間違えて入れられていた。イニシャル間違ってますよ、という指摘もモナリザのような微笑みでスルーするという高度な接客技術を目の当たりにし、さすがイタリアを相手にしているとコミュ強者でなければやっていけないのかもしれない、と感嘆した。

なだらかな曲線で、てらいがない
特に手でやっていることもなく、前振りも1cmとあからさまではない範囲

生地は代表生地たるボイル。リーバのバーバラ・フマガッリ氏も推していた。カルロリーバは古織機を使うのでシングル幅となる。生地が繊細なので替えのカフと襟を作った方がいい、と勧められたので作った。確かにティッシュのように薄く繊細。特に襟やカフが硬めなので、どこかに当たるとすぐにやられてしまいそうな気がする。

実際夏に着ると快適である。一方で本当に透けるので、ストライプで良かった~と思った。店主はアンダーウェアを着ない派のようだが、私は張り付くのが嫌なので着る。そうしないと冷房で冷えるのもあるし。それでもとても快適であり、触り心地も柔らかく(コシがある鼻セレブみたいな感じ)、保温性が少しあるので調節機能も申し分ない。四季を通じていける、というのはマジかもしれないと思う。さすがはカルロリーバ。

ホリゾンタルやカッタウェイを「もうあんなもん誰も着てねぇ」って言ってて、あぁ~この人もファッションの人だ~と思うなどした

ボイルなので夏のイメージで作ったものの、襟カフが硬めになると肌当たりが気になり、夏に避けがちになる。ので着用頻度が下がる…と思っていた。ジャケット+ノーネクタイスタイルでは襟に一定の硬さが求められるため、選び取る回数は増えた。当初は、クールビズ期間且つ暑すぎない時期は着用回数が増えると思っており、そんな微妙な時期はもう日本にあまり残ってねえよ、と思っていた。けど快適。襟芯がどうとかを無視して、生地が快適。なのでよく着る。

charlyでこんな仕様は初めて見た、と言われたバックギャザー
確かに南イタリアっぽい分量ではあるが、腕の動かしやすさやフィットは良い

今回は採寸データと写真で判断して現地で作る形であり、非常に不安ではあった。ただ、襟やイニシャルなどは何らかのこだわりを見せつつも、フィットは抜群だった。高レベルな仕上がりといえる。おそらく、フィットに関わる部分は出来る限り柔軟に対応する、というのが名門が生き永らえる秘訣なのではないだろうか。シャルベもよほどのことがない限り、顧客のフィットに関わる仕様のオーダーを自社のこだわりよりも優先すると聞いた。まあ注文服なので当たり前だろ、といえばそれまでなのだが、ビスポークって難しくて、意外にも言った通りにやってくれないし、言った通りで納品して満足度まで高いっていう製品を作れるところはそれほどない。

よく見る、11mmの良質な白蝶
カフ裏は接着ではない

イタリアでいつまでこのシャツ工場がやっていけるのだろうか。シャルベやT&Aと違って知名度もそれほどないこの工場、今のメインの顧客層は高齢化しているだろうし、メゾンやラグジュアリーブランドの下請けをやるほど生産キャパもないだろう。イタリアンマフィアとかとつながりがあって強力なコネでうまいこと生き残るとかそういうのであってほしい。