思い出深いシャツなので、久しぶりにだらだら書く。

作っているのは白河のRかNか

昔の職場の暗い食堂。ブルシットジョブをファックオフしてビッグシット&チルしてた昼。角刈りの上司と共にラーメンを胃に送り込んでいたら、まつ毛がバッチバチでキャラもののサンダルでペチペチ走る50代女性社員が「隣の部署のYさんとNさん、よく一緒に帰ってるわよね」と突然カチ込んできた。「YさんとNさん、一緒に南口から帰ってたの」二回言った。大事な話のシグナルだ。

むちゃくちゃどうでもいい話だな、と思った。上司のSが「むっちゃくちゃどうでもいい話っすね」と言った。Sは同じ職場の妙齢の女性Kと不倫している噂がある。角刈りスポーツマンなのに。当然女性社員ペチペチも知っている。知っているからスレスレをよぎってみせる。公然の機密。闇夜の事実。みんなが大好きな濡れた個人情報で夜のシュレッダーはパンパンのパン助だ。

「YさんがATMでお金を下ろしてるのを、入口でNさんが待ってたみたいなの」こちらがどうでもいいと言った事を聞いているのだろうか。返答などは切って捨てて容赦なく突撃してくる。南口の銀行と言えばラブなホテルな街の入り口。だからかペチペチ女史のカチコミは一条武丸より勢いがある。Sはきまりが悪い。そういう色恋沙汰の話は自分のコンプライアンス懸念案件に飛び火する可能性があるため触れない。「そういえばお前Yと最近よく話してるじゃん。見ましたよ~とかいってさりげなく聞いてみろよ」と私に振ってきた。さりげない、のではなく、おとなげないの間違いだろ。

見てわかる通りカジュアル用のシャツと言わんばかりの着丈

隣の部署の30代のY氏は眉目秀麗、学業優秀。180㎝位の身長に引き締まった体躯、某幼稚舎一貫の私大卒で、アルザスで採れた新鮮な亀梨和也とホワイトバランス60%のボルゾイをステンレスタンクで二次発酵させたような仕上がり。ノンドサで野性味もあり、きりりとしたミネラルがある立居振る舞い。おまけに実家も太い。バオバブより太い。

選ばれたのはNさんでした。職場での顔面レベルNo.1。Nさんはアプリ顔。きゃりーぱみゅぱみゅっぽい涙袋はIKEAのキャリーバッグより収容力が高い。加えて黒目と白眼の比率が閾値を超えてバグっている。サイコなぐらい黒目がデカい。小悪魔教師の比ではない。涙袋と黒目のダボーXL。琵琶湖のような目は“ちゃおDX”。Face IDなら処理不能です。目のこと以外でNさんについて知っている事は、パケで携帯している得体のしれないどこぞのティーを愛飲しているため年齢不詳感が出ている事だ。何その赤い茶アヤワスカ?

Y氏に話を戻そう。彼は、女性への距離感が近い人である。女性が書類をテーブルに広げており、その書類を見ようと左から近づく際、身体を女性に正体した状態で顔だけを書類に向け近づくタイプだ。しかも肉薄。人間の社会的なリスクを管理する仕事をしていたので、こういうタイプを発見すると脳内タスクバーにアラートが上がる。2件の脆弱性を検知しました。

Y氏は肩幅が広いイカリめの肩で、いつもスーツでベルルッティの靴を履いているため、私は注目していた。なぜかいつもギンガムチェックのシャツを着てることも気になった。Nさんと一緒にいる所は何度か見かけたが、そういう疑いで見たことが無かった。終業後の駅で私の前を歩いていたその時、印象に残っていたことは一つ。とにかくツルピカのスーツを着ていた。だからよせばいいのに私は聞いたのである、「お疲れ様です、いつも良いスーツでオシャレですね」と。太陽が眩しかったからといって人を殺めてはいけないし、スーツが眩しかったからといって人に声をかけてはいけない。

「これはね…これは君だけに教えよう」、まさかである。上り坂でも下り坂でもない、まさか。肉薄。近い距離感の返しが来るとは思わなかった私の脳内デスクトップではポップアップが数件。不正アクセス6件を検知しました。

その日から、ユニバーサルランゲージの株主優待券を大黒屋で買うスキルとか、交通会館のファミリーセールに紛れ込むハックなど、右上にバツがなく回避できない全画面リコメンドさながらに情報をねじこんでくれた。見た目はツルピカ、中身は楽天、メールマガジンY氏。

まるい衿にうすい芯地

襟がこういう風に開くシャツはドレスシャツが上手だなと思う

そういうわけで上司のSの目には、「教育を受けている子弟関係にある後輩」と見られていたのかもしれない。ただ、私も正直言って気になってはいた。なぜ年齢不詳のあんなに目立つちゃおDXを…?上級遺伝子のボンボンはブルックスブラザーズを選んでも5351プールオムは選ばないだろう。そんな所にトゥモローランドの有明ファミリーセールの葉書が来たから行くぞ、とボルゾイからお誘いを受けたのである。

金曜退勤現地集合。Y氏はジレを差し込む上級コーデで現れた。着ていたのはやはりギンガムチェック。黒だ。靴はいつものベルルッティのローファー。「攻略法は、初日に行くこと、迷ったらすぐ袋に突っ込むこと」というY氏の意気込みは尋常でない。

服を袋にガサつかせながら「今日もギンガムですね」と私は言った。「モテる女子はギンガムチェックを着ている。だから俺もギンガムチェックを着るんだ。女子にモテれば男子にもモテる。ギンガムチェックはみなを幸せにする」

何を言っているのかわからない。思いながら、私は袋に入れていたギンガムチェックのシャツをさりげなく棚に戻した。話を逸らそうとして口から「なんかこの前Nさんと歩いてましたけど、結構いい感じなんですか?」という言葉が出た。なにこれ?なんでそんなこと口走った?ここはMSNチャットじゃない。フランクに事実確認を求めてしまう社会性ゼロの私はTRUTH SOCIAL。これで、もしどこで見た?とか言われたら確実に墓穴を掘るANTI SOCIAL。

「ん?うん、そうそう今度結婚するんだよね」育ちの良さ由来の突然ストレートな事実公開。純真陽キャすぎる。私は、「あっ」と言ってしまい、いかん言葉のチョイスを間違ってはならない、とテンパり、ハングアップ直前の脳を振り絞り、両手を無言で万歳する謎のボディランゲージを挟み込んだあとに、「そうなんですね、おめでとうございます」となんとか言い切った。だが、なら当然聞かれてもいいという事だ。いっそダンスっちまおう。「どこに惹かれたんですか?」

まあそうよね

まあ特にないよね

長かった。冬場のマザー牧場と海岸、春の箱根の温泉旅行、ミリ単位で興味が湧かない他人の色恋を聞かされた。聞いたのは私だが。内容は覚えてない。帰り際の電車の中まで続いたエピソードの最後。私が「それは確かに今後幸せに過ごせそうですね」と言った。1ミリもそう思ってないからこそ言える定型句は確かにある。「bengalくんもいい人が見つかるといいね」下りる駅の手前でそう水を向けられる。「ハハッ」、降りる駅に着く直前だったので、夢の国の鼠みたいな笑い方で受け流して別れた。

その後、Y氏は2か月で入籍した。半年後にY氏の不倫相手が会社でNさんに対して揉め事を起こす。Nさんは仕事を辞めた。その翌年には二人は離婚した。Y氏はベルルッティを履かなくなり、スーツがよれよれになり、異動した。

結局、ギンガムチェックはみなを幸せにはしなかった。それがわかった後、私は安心してトゥモローランドでギンガムチェックの黒いシャツを買ったのである。ギンガムチェックを着て女性に褒められた事はない。