「なぜ権力はセクシーだと認めたくない?」

ザ・スクエア 思いやりの聖域
四角、アラビア数字、銀、黒、シンプル、求める全てがここにある

社会人になって数年経った時。機械式腕時計が好きだ、という女性に出会った。彼女は男性の特選嗜好品を扱う会社に勤めていたので、それなりに触れる機会も多かったのかもしれない。ある時、彼女と同僚と後輩と食事を共にした時。ワインでほの赤くなった彼女は「むずかしい技術が詰まった腕時計を身に着けるの、すごく色っぽいと思うんです」と言った。「腕回りがセクシーに見えるっていうか・・・ひたむきに時計に情熱が注ぎ込まれているのが、とてもいいと思うんです」。さっぱりよくわからない、と思った。うっとりして輪郭が曖昧になっている彼女を後輩に任せ、お互いに帰路についた。

翌日後輩は目の下にクマを作った状態で出社してきた。「めっちゃ良かったっす」と言っていた。その報告いらないよ。おそらく情熱を注ぎ込んだのだろう。その半年後、後輩は仕事の給金を注ぎ込んだ自動巻きの時計を身に着けていた。男らしさが増してきたように見えたのは彼が仕事に慣れてきたからなのか、それとも時計のおかげだったのか、それとも。

翌年。職場でサンタマのポプリを躊躇なく使う先輩の影響で、IWCの時計が欲しかった。モデル名は覚えていない。今でもシャウハウゼンは良いと思っているが、当時は違った。ロレックスでもオメガでもなく、アイダブリューシ―という国際的な組織のような名前だけで興味を持っていた。アルチザン系に傾倒したことがある奴は名前に弱いのだ。

その次はどんな魔が差したのか、ボーム&メルシエのクラシマだ。青い針がスーッと動くのが良い、というアホみたいな理由だった。果たしてそんな理由で良いものか…?と思い、時計について積極的に知識を得ようと思い、本を読んだ。結果、なぜかMinervaの文字盤に惹かれ、琺瑯文字盤に興味を持った。

今から6年前、最後にこれだ、と思ったのがスクエア型の時計。カルティエのタンクやらエルメスやらも良いと思ったが、自分の求める要素の頂点としていつか欲しいと思ったのがジャガールクルトのレベルソである。

手巻き。手巻きの機構は良かった。使う時だけ動いてもらうという都合の良い関係になれる。巻く感触もまあまあ良いので、果ては巻くだけの関係になれるかもしれない。マキモク。

ところが時計、高い。今までいろいろな高級腕時計が欲しくても、どうしても10万以上出す気にならなかった。ウエストンやエドワードグリーンは買っても、時計には手が出なかった。そもそも革バンドは衛生的に気になるし、メタルバンドは服地が傷つくから気になるし、何なんだあの時計っていう厄介な奴は、と考えていた。

で、中年となった頃。いよいよ私も時計なのではないか、いやそもそも時計ってなんだ、というか時計って現代にいるか、待てよ時計って今や高すぎないか、というか種類も多いしブランドも多いしなんなんだ、ああ、となって時計に詳しい足長おじさんに聞いた。キャラ過ぎるのでグランドセイコーは買いません

なんとおもむろに彼は「いつかは欲しかったレベルソ」を持ってきて貸してくれたわけである。おおおお!と感嘆した私は、ここで装備していくかい、行くとも、の二つ返事でさっそく着用、しばらくの間共に過ごしたわけだ。

竜頭は無難。どうでもいいんだけどカルティエのタンク、ツラは気に入ったんだけど竜頭のデザインが苦手で好きになれなかった
裏返して文字盤を保護できる、というのは当時のポロで破損しないためとか

結果。

わかんね~~~~~~~~~~~~~~~~
腕時計、ぜんぜんわかんね~~~~~~~~~~~~~~

困った。「たまにチラリと腕元に目をやるたびに気分がアガる」と言っている人達の楽しみをひとかじりでもできれば、とか思ってたけど、普通に、カンマ1ミリも気分が上がらない。なんだこれ。

まあ友人の借り物で100万を越えるものが腕に付いてるわけだから、気を遣ってしまうのかな、と思ったので以前使っていた自分の腕時計に変えた。生活の中でチラ見した。

気分、何も変わんね~~~~~~~~~~~~

スッと横にしてクルっとできる、の機構
このポチ、いわゆるバネ棒?と同じ仕組みなのだろうか

ブランドの歴史を読み、店頭のディスプレイを眺め、おお綺麗だなーと感じ、時計愛好家のブログを読んだり、写真を見たりして、おおカッコいいなーとか気分を盛り上げて、いざもう一回レベルソを付けて生活の中でチラッ

わっっかんね~~~~~~~~~~

ダメだ~~、少しでも気分が上がる火種が自分の中に見つかれば、何かしら世間に落ちている他人の感動を乗りこなして糊塗できる気がしていたが、完璧な凪。ピクリともしない食指。

それでこの間色々と考えていた。今まで時計の話を聞く中でいいな、と思ったのは友人が持っていた「じいちゃんからもらったロレックス」だった。物語が絡んでればいいのだろうか。となると、土産物みたいなイベントで買うとか、誰かから重要なイベントでもらうとかしかない。当面の間は腕回りがセクシーになる事は無さそうだし、権力にあやかる事も無さそうだ。

乗り鉄の先輩がシチズンのホーマーを身に着けていて「そうそう、やっぱそうなるよね」となった時の方が「良い」と思ったんだよな。はあ。シャツ芯とシャツ生地だけで作られた時計とかあったら買うんだけどあるわけない。

お前、ジョンロブじゃん

さて、スクエア式はドレス向き、とはよく言うがなぜなのか。これは以前某雑誌で「スタイルアイコンが(ドレス姿で)付けてるから」という謎のソースを提示していたが、そういう浅はかなものは求めてないんだよ、と思った。

「角がある=スポーツ向きじゃないドレス向きみたいな話なのではないだろうか」「腕時計は元々懐中時計だった筈なので、腕時計は元々円形だった筈、それを敢えて四角にしたってことは腕につける為のストラップとの親和性とか装飾要素が主なのでは」「四角時計は柱時計起源=屋内用=屋内着用=ドレス用という変遷ではないだろうか」「四角は女性需要が多い=歴史的に屋内活動の多数派だった女性のもの、という事で屋内用起源を裏付ける」

などなど活発な議論が(LINE上で)行われた。結果、今の所のレベルソのイメージは「室内着だったスクエアの時計を、貴族のスポーツと言われるポロで着用できるように保護機能を追加した事で野外活動へとスクエアの利用シーンを拡大した簡素な開拓者」となった。妄想の中での位置付けなので事実は知らぬ。

でもそこまでストーリーで固めても

やっぱわっかんね~~~~~

だった。きっと私の精神性が未熟なのだと思います。

タイトルに”1”とか付けたけど本当に続くのだろうか