フォーマルで古めかしい服装をした男が何人か、木の上にいる。男たちは経済紙を読み、山高帽をかぶり糊のきいたカラーをつけている。ズボンをはいている者は一人もいない。彼らは小便をする。 枝のあいだからぽとぽとと滴が落ちる。静かな雨みたい
に。

バリー・ユアグロー ”幼い日”

時計を付ける事に向いていないことは書いた。インフルエンサーが言うには富の象徴が今やノイズになる、という事も関係しているのかもしれない。

95年頃、「ステルスウェルス」という言葉が英語圏にあった。2024年の今は「クワイエットラグジュアリー」である。過程は違えど、大まかには「顕示しない」がアウトプットだろうか。

もともと装身具は付けない主義だが、結局はブランドを誇示したくない、という無意識が働いてのことかもしれない。そんな中で更に付ける機会が少ないアイテム、それがドレスの装身具関係。

カフリンクス(カフスボタン)

Louis Faglinの定番。ちなみにカフリンクスの、曲げてシャツのホールから抜けにくくするバーの機構、発明したのはLouis Faglinらしい。マイナスネジみたいなのがカルティ…なんでもない

使う方は毎日使う可能性すらある、それがカフリンクス。なぜなら、クラシックなイギリス式のドレススタイルでは、カフスが正統になるから。少し前のエピソードで、英国在住の人がカフスを付けないシャツで出勤したら同僚から「今日は休みかい?」と聞かれた話があった記憶がある。イギリスのシャツメーカーのラインナップを見る限り、さすがに今はそうではないと思うが、イギリス人の知り合いがいないのでわからない。一部の英国クラシックに傾倒している方々は活用しているのだろう。噂によるとイギリスの35歳以下はあまりカフリンクスを持ってない、と聞くが。

カフスはこの位置なので、本来ジャケットを着ていれば普通は見えない想定だが、やはり見えると自分としてはトゥーマッチに感じる

一応ダブルカフスのシャツやコンバーチブルカフのシャツも持っている為、フォーマルな状況では使う事もある。以前はイギリスのTateossian、フランスのLouis Faglin、アメリカのLeo Designなどを使ってみていたが、やはり難しい。今はイギリスのAlice Made Thisを使っている。最近は普段使いに挑戦しているが、あちこちに当たって気に障る。目にも障る。道は険しい。

イギリスのアクセサリーブランド、アリス・メイド・ディス。シンプルなデザインのカフスと言えばここのイメージ

カフリンクスは、目立つゆえかキャラクタリスティックなデザインが多い。時計や砂時計だったり、動物のフィギュア、果ては生のエメラルドを付けたものとか、実際に動く機械式時計の歯車など、とにかく目に付く。これをして女性に「あっ、ウサギじゃないですか、かわい~~」とか言われるのに味を占めて継続的に使ってしまう人も多い。これについての功罪は後述する。

ネクタイピン(タイバー)

世にはバネクリップ式とピン式のものがあるが、これはピン式のLouis Faglin。カルティエではない
こうするものらしい。いきり立った屹立物を自慢げに一般公開する男性の感性を俺はこの上なく疑った、と歌われてしまう

これも使う方は毎日使う。それもフォーマルの時とは限らない。Vゾーンに立体感を求める人にとっては便利なアイテムなのだろう。確かに、イギリス式の3釦、Vゾーン浅めのスタイルでタイピンできっちりネクタイを持ち上げている人を見ると、将校感というか、階級闘争上位層、というイメージを私は持つ。以前書き散らかした通り私はVゾーンの立体感=男根のメタファーの呪いをかけられているので、使えない。ちなみに私立エスカレーターで来ました!って人でブルックスブラザーズのタイピン使ってて実家が太いケースを2名知ってる。

タイピンは英国・構築的な装いに向く。だからレイドバックなスタイルには反する。Vゾーンをのっぺりさせるスタイルなどではたいへん難しい。ダルクオーレの肩を落とすスタイルや、ナポリの小剣ずらし、ボタンダウンのボタン外し。タイピンでネクタイを持ち上げると、統一感が損なわれる。だからわざと日本的なスタイルとして使う以外、登場頻度も低い(この間、敢えてカフリンクスとタイピンを南イタリア系に合わせるスタイルをやってみたが、アーミッシュくずれみたいにしかならない)。

タイピンについてはこれまたふざけたアイテムも多い。定規、ハサミ、カギ、日本刀、ゴルフクラブにメガネ。当時マルジェラの鍵のタイピンをmargielamarniさんが紹介(https://margielamarni.hatenablog.com/entry/5142263)しており、「マルジェラならアリだな…」とブランドに惑わされた羨望を持った。しかし、やはり棒型から外れると目に付くのは確かで、目立つタイピンをすると「あっハサミがくっ付いてる、面白~~」とか言われる。

使っていないから見つからず、探したら年賀状を束にして留めていた
小賢しい

で、だ。女性にそれを言われる、というのはモテではない。ありえない話し。小さいキャラ物とか、かわいい柄とか、そういったものは目に留まる。何らかのコメントを得やすい。おいそこサイコバニーのワンポイント着るくらいならFR2を着ろ。

タイピン、カフス、ブートニエール。柄で言うならギンガムチェック。だが、こういったものでまとめると、賑やかになる。私は、こういうものを盛って異性の突っ込み待ちする人のスタイルをシルバニアファミリースタイルと呼んでいる。子供の頃にシルバニアファミリーが嫌いな女性はほとんどいなかったのではないだろうか。こういうスタイルに突っ込みが入るのは、シルバニアファミリーの赤い屋根のおうちを見てカワイ~と言っているだけである。ただの反応であり、モテではない。

ただまあ、そのスタイル自体は否定はしない。それをフックにして口説く人間からすれば、立派な道具なのだろう。恥じない人間が勝つ、それがこの世である。

その他(カラーピン、アームバンドなど)

どこのものかすら忘れた

カラーバー、カラーピンとかいう。襟羽根の間に挟み、男根ネクタイを持ち上げる役割。ピンホールシャツ同様、何が良いのかわからなかった。ただモリモリのアーミッシュスタイルだと溶け込むんだよね、あれ。チロルジャケットとかで使うのだろうか。これはいささか近代的で、レギュラーカラーで使える仕様なのだが、一度使ってからやはり理解できずに使ってない。

これもどこのか不明

アームバンドである。役所の中年がシャツイチで書類作業をしている時に袖を留めているアレだ。だいたいバーコードハゲか、やたらダンディズムにこだわる奴がオールバックで葉巻加えながら付けてるイメージ。使った事はあるが、「ジャケットの下に実はガーター付けてる」っていう事実で、ドキドキし…なかった。これ、最初シャツガーターっていう名前だと思ってたら全然違うんだよねこんなん使ってる女性いるわけないだろ、と思ってしまう。いたら一撃で恋に落ちる。えっ使ってる?どこ住み?Blueskyやってる?とりあえず飲み行こ?シャツがトップスから出ないように古典的なシャツガーターをわざわざ利用しているそのスタンス、服オタは全員落とせるはずだよ?そういやガーターベルトの魅力は、黒いレザーと素肌のコントラストや、禁欲的な上衣に覆い隠されているという実態にある、と批評家の誰かが言ってたけど、未だに実例を見たことが無い。ガーターベルトですら、なのだからシャツガーター使ってる女子なんてマウリツィオ・アマデイ女子より少ないのでは。

カラーキーパーである。男根の象徴ではない。

これはDIEGOっていう曲がる金属をシリコンでコーティングしたカラーキーパー。要は襟羽根の先に仕込んで、襟先の形をある程度意のままにできる、というもの。シャツに最初から付いてる付属品のカラーキーパーは、昨今のイタリア服全盛においてはすぐ抜いてしまう人が多いと思う。干すときに挿し込む人もいると思うが。抜くとか挿すとかこれだから高級紳士服界隈は…。こちらは襟先に表情を作れるので、遊ぼうと思えば遊べる。ていうか見えないので、装身具には当たらないか。

フラワーホールに付けるもの

タテオシアンのコンパス。バッジを付けるフラワーホールに付ける…のか?若いころ結婚式の二次会で使った気がするけど、何を血迷っていたのだろう。やっぱり女性からの突っ込み待ちだったのだろうか。どうでもいいけど、ジャケットのフラワーホールに社章(それも大企業)を付けたまま帰ってる人がオトナァァな漫画を電車の中で読んでたりすると、社章って誰得なのだろうと思う。SDGsバッジ付けてる方がマシだけど、あれもあれで赤い羽根付けてる人と同じだし。やっぱりそう考えるとジャケットにはフラワーホールは無い方がいいのでは?と思ってしまう。乳首が無ければ胸は平和、と言ったのはバーワンだが、フラワーホールが無ければ紳士服オタは平和、と言ったのはベンガルである。

装身具は昔は富の顕示に一役買ったのだろうか。今は、飾れば飾るほどに、装身具も付ければ付けるほど滑稽に見える気がする。ただ例外がある。あくまでもそれは形式ばった、フォーマル寄りの装身具である。じゃらじゃらと装身具を付ける手法の中でアリだな、と感じられるのはトライバルなもの。今のトレンドの一つ、「スピリチュアル」よりのものである。それは宗教的なものに限るわけではない。外的な誇示が減り、内的な思索に時間を費やすことが今風、とされる中でそういった装身具はマッチしているんだろうか。以前は「内的な思索の末の選択」と「外的なトレンドを意識した選択」が相反するものと考えていたが、そこはトレンド、対局をも飲み込んでこそ。

結婚式でもないのにネクタイリングを付けてる人をたまに見るけれど、先日、ヒゲ面でセッテピエゲタイにAURORA LOPEZ MEJIAっぽい感じの手彫り文字のネクタイリングを付けてるおっさんがいて、これはアリだな…とジロジロと見定めてしまった。そういえば手元に残ってるアクセサリーも、サーファー・大自然系でスピすれすれ。というわけで漸減傾向のドレス紳士服市場を盛り返すべく、トゥアレグ族とナバホ族のアプローチでイギリスのサヴィルロウにトライバルジュエリーのショップを作れば一山あてられるって訳です。あ、でもそのネクタイリングのおっさんはお持ち帰り失敗してたので、やっぱり装身具はモテにつながりません。ご注意ください。