「ぼくはたしかに死んでるかもしれない、お嬢さん」と電信柱は悲しげに答えた。「けどぼくは役に立つ」
“若く美しい柳” A・E・コッパード
東日本橋にbrown&seedlingという店がある。その昔、京橋にあった頃、smoothdayを割と早い時期から扱っていた。そこで長い事扱っているのがkavalだ。kavalの縫製について信頼している事は以前書いた。
全く別のものを探していたのだが、死体のような顔で生き生きとした質感を持つ異常な生地に衝撃を受け、うんうん唸っていたら気付いた時にはクローゼットに居た。
柿渋染め。初めてそれに出会ったのはrip van winkleだ。中目黒に移転した当初に初めて店舗に訪れた時、店内の雰囲気も含め心酔していた。ラウンジリザードもアタッチメントも子供騙しのように思えるほどスタイルがあるように見えた。酒袋で出来たカーゴパンツを購入し、そのガビガビな生地感を楽しみながら、店内に釣り下がる赤茶けたパンツを手に驚嘆した。「柿渋染めですね」店員から端的に言われ、「ああ、柿渋染めなんですね」と何もわからないのにすまし顔で反芻した。べらぼうに高くて3日分の日勤代を突っ込んだ。
錆加工。人によって好き嫌いがわかれるだろう。1930年代、谷崎潤一郎氏が陰翳礼讃を著した際、銀器や銅器の錆というのは喜ばれるものだったらしく(ただ読者を想定すると支持層は”通”に限るのだろうが)、女中さんが銀器を磨き上げて主人に怒られる、というのが当時のあるあるエピソードだったようだ。クリーニング屋にプリーツプリーズ預けたら綺麗に平らにプレスされて帰ってくる話みたい。ただこの錆加工は基本的に落ちない。クエン酸なんか使ったらダメージを受けそうだが、まずこいつの洗濯で使われることはないだろう。
これはリネンシャツに該当するものの、肌ざわりは別物。感触は金属の網に近い。理科の実験でアルコールランプを使う時に敷く金網、ステンレスの茶漉し。ザラついて馴染まない。ただ店員によれば、洗って着ていくうちに徐々に柔らかくなるとの事。そこから本領発揮という所だろうか。TEN-Cしかり、アルチザンブランドはそういう”着込むとよく馴染む”ようになるものが多く、使い込みを善と考えるスタンスが通底している気がする。
古道具という紹介をされていたが、襤褸の類だろう。襤褸っていうとホラ、服オタの人たちはピクッてするんだよね。おいで。さあ。ほら、怖くない。怖くない。(服オタに噛まれる)ほらね、怖くない。(服オタがアルチザンに沼る)
どのような染め工程を経たのかがわかる気がしてくる。恐らくしつけ糸のあとであろう部分が染まっていない。瑕疵では?とか思うが、加工のインパクトが強すぎて気にならない。気にしている暇なく度肝を抜かれる。
ちょっと物騒な見た目に見えなくもない。普通にシャツ然とした形だし、それを人が着てるもんだからよくよく見なければ違和感無いんだけど、「あれ?なんかあの人のシャツの所だけ、サイレントヒルの”向こう側”になってない?大丈夫?」となりかねない。確かにこのシャツを着た人間が下を向いて遠くから歩いてきたら怖い。太いナタを地面に引きずりながら歩いてくるタイプの殺人鬼だ。頭は三角形だろう。最高な服だ。
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