あ~あ~もっかい直島にいきてぇなあ~無印の家一軒貸しみたいなのに泊まる前提で瀬戸内海にいきたい

そろそろ4月になるが、店員の誤った薦めによりつるつるのスーツを着てしまった新入社員、まだこの時代にも出てくるのだろうか。なんとなくつるつるのスーツ、ピカピカのスーツは恥ずかしい、という一般的な理解があると思っている。富の象徴としてのピカピカな衣類ならわかる。けど、仕事で富の象徴をアピールする必要はないので、ピッカピカしたスーツなんかはビジネスシーンでは違和感につながる。

質実剛健、控えめで丈夫。 量がある生地だと仕立て映えって表現をよくされる気がするけど、どういう事か未だにわかってない

そんじゃあシャドウストライプとか?という話が出たりもするけど、それも苦手。チョークストライプですら頑張って着ている。チェックも、細かい千鳥やウィンドウペインとかオーセンティックなもの以外は難しい。その流れから無地、マットな質感、粗い質感に寄っていきがちになる。そんなこんなでEdwin Woodhouseの6plyがめっぽう好きになり、結局同生地色違いで、南シャツに依頼して縁のある職人さんが縫ったスーツがこれ。

上部な生地である方が良いなと先日思ったエピソードとしては、東京駅で通りすがりの児童に「バーン」て突然撃たれた際、「ぐああっ…」とかうめいて膝をつくことができるとか(そのあと容赦なく撃ちまくってきた)

こういう好みを言っていると「控えめな装いが好きなんだね」と言われる。アンダーステイトメントだとか抑制の効いたとかいぶし銀とか、そういった表現はいくらでもある。要するに、自己満足だよねという話。ただ他者評価は求めていないのかというと、「わかるわかる、結果的にそれを選ぶことになるよね」みたいな、その選定結果に至った自分の背景を承認してもらいたい、みたいな心はあるはずだ。個人的にはそれすら恥ずかしいが。たまにそれを誇って「俺の目利きが読めたか」みたいな事を言ってる人を見かけるが、あれ恥ずかしくないんだろうか。そこをアピールして甘んじてる時点でその目利きとやらって停滞してるのでは。

実験的なノリで作ったので、サイドアジャスターも見えるところに金属で据えるアレではなく、仕込みベルトみたいになっている。

前回書いた記事で「わかる人にわかればいい」みたいな話をしたけど、そういう暗号を共有する快感もあるのかもしれない。わかる人というのは希少で、希少故に話が盛り上がる、それが秘密を共有する同類を発見したようで楽しい、という感覚。それもまあわからないでもない。

内ポケットのかぶせ留め。ここは南シャツのボタンにしてもらっている。これも秘密の共有か。

ちなみに、わかる人にわかればいい、という表現に様々なとらえ方があったので少し説明をすると、これは「わかる人にわかってもらいたい」、というわけではなく、「わかる人は勝手にわかってくれ」、ということ。「わからないかもしれないけど、これは良いもので、作ってる人すごいんよ」、と言っているだけなので、あなたがわかったこととか、わかった上でどうこうすることについては、こちらはあまり興味がない。勝手に批判するなり買うなりしてほしい。そう、とにかく勝手にしてほしい。みんな勝手にやってんな~っていうのが、良い。そう思っている。だから間違っても「これ!これbengalさんが言ってたこれ買いました!良いんですよね!」みたいなのは辛いからやめてほしい。良いんですよね、じゃあないんだよ。自分で考えてくれ。そうじゃなくてせめて「お前がいいって言うから見てみたけど、確かに良かったから買ったよ」にしてほしい(でもそういわれてもだから何?としか言いようがない)。なんなら「全然だめじゃん、買う価値ないよこれ、だって~~」の方がよい。私はあなたの話が聞きたいんだ。わかってくれ。