代官山のliftで、キャロルクリスチャンポエルのレザージャケットにはじめて触れた時、怨念に触れている、と思った。
人の強い信念や意志が具現化したものに触れる感覚。特にポエルには怨念のようなものを感じた。禍々しい加工をされた金属、異様な硬さの革、執拗なまでに人体を駆け巡る縫製線。気持ち悪いのだが、迫る熱や湿気がなく、脱水されプリザーブドされたようなひやりとした質感が伴っていて美しい。
「人の手、しかも相当な手練れによってスピリットを込めて作らている」と感じとれる服はそれほど多くはない。アルチザン系などは手作業工程が多いためその類の服を見かけるが、独自の哲学に裏打ちされ、息をのむ美しさを持つものはごく僅かである。加えてアルチザン系と違い、主張を抑え、歴史的建造物のような「静謐な美しさ」を持つ服というのは極めて稀有だ。
この「テーラードバイミスタースミス」はまさにそれだ。
5年程前のこと、丸の内のトゥモローランドではじめてテーラードバイミスタースミスのコートを見た時、価格にも目を剥いたが試着をして度肝を抜かれた。手に持った瞬間は軍用のウールブランケットのような重さを感じたのだが、着た瞬間にその装甲が身体と一体化する。乗り慣れた車のテールランプの先まで意識できるように、身体感覚が服の表面まで延長される。
そして何より、美しい。
ヴィンセント・スミス。イギリス人の彼はLCF卒業後、軍服製作のキャリアを経て、ミュグレーをはじめとした様々なメゾンの経験の後にブランドを設立した。
日本に入ってきたのは2013年ごろだったか。「テーラードバイミスタースミス」というアトリエで縫う最上級ラインと、「トゥモローランドバイヴィンセントスミス」というトゥモローランド製造のラインを最初に見た。私が最初に買ったのもトゥモローランドのジャケットだった。フミヤ・ヒラの服と共に、ポストイタリアドレスクロージングはこれらだ、と感じさせてくれる新鮮さだった。
最近ではミリタリー・テーラード・ワークを融合した「ミスタースミス」というメインラインをベイクルーズなどで見かける。
テーラードバイミスタースミスのラインは、デザイン・パターンを提供し縫製を外部工場が行うミスタースミスと比べて全くレベルが違う。
まず縫製自体が高密度で美しい。こういうものを見ると、イタリア人の仕事に出てくる「甘さ」とか言うのは本当にただ雑なだけでは…?と思えてしまう。
閂は適切な位置にひっそりとある。パターンと生地の関係から必要な強度をよくわかっている抜い手が、精緻に適切に縫う。アルチザン系とはまた違って、縫い目が静謐なのが素晴らしい。
軍服をやってきた彼のデザインは興味深い。ヴィンテージのディティールなのかもしれないが、要所に目を見張るものがある。
これは内ポケットなのだが、表の生地が見返しとなりそのまま内ポケットのフラップとなっている。このデザインはミスタースミス・トゥモローランドバイヴィンセントスミスのジャケットでも見られ、すっきりとして美しい。
縫いタグである。近頃よく見るパリのシャツブランド、ブーリエンヌもそうだけど、縫いタグは服の全体の調和が美しくなる気がして満足感が高い。気がするだけだがそれが重要。
この生地、ベージュなのだが珍しい色味で、一昔前の日本産ダッフルコートのような薄く紅がさしたようなベージュである。
ヴィンセント・スミス氏は、生地はほとんど日本・イギリスのものを選ぶらしい。確かに、重厚な服などはイタリアのものよりもコストパフォーマンスも高く、良いと思う。ニッケや中伝のフランネルはまだ家で元気だし、先日尾州のツイードを運んだ時は重さで指が痺れた位だ。どちらも非常に安かったのに。
トゥモローランドやソブリンハウスで見たテーラードバイスミスのコレクションも、主張を抑えた色柄ながらも個性的に感じる生地が多かった。イタリアの生地が主流な中、そうではないセレクトの氏の服からそう感じたのだろう。中にはシルク100%の極薄のコートもあった。
とにかくフランスのモデリストのトップクラスだけあって、線が美しい。いや、何と言っていいのか、言語化できないこの襟の横からの姿とか、わかりませんか。私はこれを見ながらアードベッグを1本開けられる。
その昔、初めて私が構築的な服を意識したのはステファン・シュナイダーとヘルムート・ラングの服だった。その時感じた美しい線の印象が、普遍的な服でより高いレベルで実現されているのは、このテーラードバイミスタースミスが初見で、今の所唯一だった。
ただ、こういったオートクチュールレベルの既製品といったレベルなので、価格はそれなりに高い。このコートは50万。何かのパーカーを思い出すが、あれとは別のベクトル、つまり本気本物の”服”としての50万。
もう一つ、個人的な懸念点がサイズ。パターンが完璧で構築的な服であるがゆえ、サイズが合わない時にお直しをするわけにはいかない。私は特異体型であるがゆえにほぼすべての服はお直しを入れないと着用できない。しかし服の形が美しい時は、何かを諦めなければいけないのだ。でもこのクラスの服になると容易に諦めては失礼だと思ってくる。悩ましい。ちなみにこのコートはお直しを恐れた結果、他人の手に渡った。
つまりこのブランド、買う層がとてつもなく狭いのだ。資金力があり仕立ての良さに理解があり、見せびらかすような趣味を持たず、服と身体が合う。業界でも中々いないだろう。そういう訳で、ここ暫くはテイラードバイ・ミスタースミスのライン自体が日本にも入ってこず、本国でも休止されていた。
ところが・・・?
7月4日から7日mで、10:30-19:00。代官山のaA studioで展示会をやるらしい。しかもこれ、MTMつまりオーダーメイド。あなたの身体に合う最強の衣服を作ったるわ、という事である。
なんてこった。オートクチュールが日本で出来るじゃないか。
価格はあの…怖すぎて聞けないんですが…。
でも本気で一生、いや21世紀最高且つ家宝レベルのコートを買うのであればこれ以外に正しい選択はない。そう断言できるのが、テーラードバイミスタースミスの魅力である。
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