フランス歴20年超、某有名メゾンを渡り歩き、数多の服を世に送り出す一方、気に入らない服を斬り捨ててきた彼。彼は、日本ではANSNAMモデリストシリーズの共同作業者として、且つブランド「Fendart」のデザイナーとして、パンツジャケットをリリースし、先日デニムをリリースし、何やら今度はモデリストシリーズのMA1をリリースし、今日も風来のモデリストとして生きている。TS氏である。

日本酒が好きらしいので、縁があってUG氏という奇特な人の家で出会って酒を飲んでいるうちに、ノリで(何故そうなったのか記憶が無いんですけど…)採寸をし、ノリでシャツ作るかー、と言って(言ってましたっけ?)いたうちに、気付いたらコートになり、気付いたらリネンになり、気付いたら某スナムの”全面、藍い“生地で作る事になり、おやおや…?

といった形で出来たのがこれ、ヴィンテージリネンのアトリエコート。モデリストモデルではなく、ビスポーク

肩回りはコンパクトにおさまり、そこから裾に向かって押し殺したかのようにゆっくり広がる線。
背中、本当に綺麗に作られているのはさすがと思った
個人の仕事でもしっかり躾を打つ丁寧さ

当初、納期は無かった。酔っぱらってたから不確かだけど「気が向いたら作りますよ~~~(一献)」とかだった気がする。言いそうじゃないですか?「センチよりインチのが感覚に合うんですよね〜〜(一献)」と言いながら測ってました。今更思い出したけど、某作家さんとTS氏が同席した席になぜか呼ばれる、という妙な機会もあった。すぐシャーマンバトルを開催するUG家。

TS氏は「急いでもいいものはできねぇ」というスタンス。これを殿様商売と捉える人もいるだろう。納期を守るのは大事だが、無理な納期を目がけて追い込んだものよりも、気が乗った時の縫製を積算して仕上がる服の方が、個人的には好みである。テイラードバイスミスとかを見ると本当にそう思う。焦って切ったり急いで縫っても絶対に美しいものは出来ない。それなら縫う人間、着る人間の身体の調子に従い、ベストコンディションで仕上げてもらった方がうれしい。納期延長は嫌がる人がほとんどだろう。支払った金額&商品が手に入るまでの待ち時間をコストに考える人は、到来が伸びる=コストが増加すると考えるのだと思う。

ポケットのアール。こういう類の美しさはあまり見ない気がする
こんなところにカンヌキ

私の場合、待ち時間はコストに参入しない。その場合、支払金額が変わらないのであれば、到来が伸びる=「手塩にかけて育てるために時間がかかります」と考える。「いやいや伸びないほうがいいじゃん」というのは最もだが、納期を維持する為に質を下げて欲しくない。最優先すべきはあくまでも質。さらに、服のオーダーにおいては定量的な品質合意はほぼあり得ない。そのため、納期を縮めるというのは、無意識に縫い手に圧力を与える事につながり、必ずどこかに歪みが走るのだ。私がそんなビスポークは求めていない。

私の「急がないでいいからいいもんを作ってくれ」とTS氏のスタンスが一致したために出来たオーダーなのかもしれない。

割と見た目は普通のボタンなんだけど、しばらく使っていて気付いた。この厚みや見た目、ありそうで無い銘品なのでは?
スッキリ綺麗

別にこのブログは金貰ってるわけでもないし、文句垂れるスタイルのため気にせず書くが、このコート、作ったご本人も納得がいっていない点が一つある。それは着ると出る肩線から前身頃へかけての皺。

ご本人は悔いていらっしゃったが、仮縫い一回で、後から素材が決まって、おまけに高難度なゴワついたビンテージリネンという状況なので、さもありなんともいえる。(私は大概のテーラーには「仮縫い2回でギリギリってくらい難しい体型だよお前は」と言われるヱヴァンゲリヲン体型)

さてこれをどうすっかな・・・と思ってアイロンやスチームで色々試みたのだが、本人が「洋服自体をどうこうして解決できるものではない」と率直な見解をくれた。OK、それならこの生地の利点を活かそう、というわけでストレートに洗濯機ドーーーン!シワドーーーン!

バリ良い。なんだよ、生地がそういう雰囲気なのもあって、アリだ。全く別の表情なのにアリな感じになった。そう、結局私服でコートを着るのであればこれくらい表情がないと硬く感じてしまう。

子供と公園で泥だらけになって遊んだ後に幾度も洗濯したあとの状態

あくまでも自然に、違和感が無く着られる服というのは、実はとても少ない。「自然に見える」ということ、その人の個性を上手く支えるということは難しい。その人の個性はその人自身は把握していないことがほとんどであり、それを汲み取り、さらにその人の理想との間で落としどころを探る。リアルクローズ過ぎてもいけない、その感覚は容易く身に付くものではない。

松葉閂かと思いきや
イチョウのようなあっさりした閂でハズシにきている。良い

美しい姿を目指して、一から服を作る。普通にアパレルの方々がやっているように思える事だが、実はそれが出来る人はそう多くはない。作る人自らが、己の一裁ち、一縫いが工程の中で何を担うのかの意味を正しく理解し、構造を支える力点が何から成っているかを把握し、さらにこれらの集合の先に自分の求める美を具体的に描ける、この全てが出来る人間。

少なくともTS氏はその一人だと思っている。

ビスポークは「気が乗らないと請けない」という事なので、今来日中の彼に会った人は聞いてみてはいかがだろうか?あ、でも世界の数多の王族のオートクチュールを仕上げてきた人なので、「100万ですよ」とか言われる覚悟は持っておこう!