ANSNAMのモデリストブルゾンについて。

ANSNAMはシャツ友人のシャツと以前に書いている。初めて見たのは9年前か。まっさらに白いホームページに「ANSNAM」の文字。そのうちほかに「LYTHA」「ec」というリンクが増え、10万円弱でベビーカシミヤニットオーダーを請けていた。雰囲気が良くドメスティックにしては珍しく好感を持った(マニアックな人向けロングテール商材なのにクローラーが拾えない画像文字とか使ってるのなんでだろとか思ってたけどこれがアルチザン流の美学、流入を捨てて美しいフォントを貫く、カッケエェ・・・とか当時は思ってた)。

さらにオーダースーツなども始まり、「redor」というラインに。ん?あれ?なんかまだWEB上にあるな・・・。今はさすがに少し値上がりしてるだろうけど、受注できるものもあるのではと思うんですが、中野さんどうでしょうか。

ANSNAMの商品は出会うたびに目を剥く出来だった。特に素材。バーニーズのアウトレットで10万以上する多種多様の素材が混ざった未体験のテクスチュアのジャケットを見つけた時、その布の尋常ならざる肌ざわりに、このデザイナー、マッド過ぎるだろとしか思えなかった。個人的に当時、最も狂気が滲む服を作るデザイナーはcarol christian poellだと思っていたが、また別の狂気をしのばせる人間が日本に居たことに驚いた。

初期モッズコートは黒い動物を懐に飼う仕立てだったし、シャツのパターンが狂ってるのは茶飯事、最近見たダイヤ柄のシャツなんかB反で職人が作った神々の遊びサンプルでは?と思ってしまう。でも2010年あたりにLYTHAをはじめた時、このデザイナーはやっぱり「服」と「服を作る人」に強いこだわりがあるんだろう、と思った。当初はやり方に共感できた上、アイテムもシンプルで美しく上質。即買った。

2011AW。タスマニアウールのロングPコートだった。10万円程度なのに、 Editionの他のインポートブランドのコートより遥かに良い感触。気持ちの良い袖通し。血反吐を吐くカード払い(ステファンシュナイダーのコートを買った後だった)。

「あ、こんどライダースのオーダーで中野さんいらっしゃいますよ」と店員。後日、チラ見しに行って「絶対あの人元バンドマンだ・・・」と思ったのを覚えている(ひげ生えたりロン毛眼鏡になったりしてもバンドマン感がいつも付きまとってないすか)。

さて。モデリストブルゾンだ。

この形と言えばイギリスはBARACUTAのゴルフ用ブルゾン「G9」。マックイーンが着てる別名ハリントンジャケット。元祖スイングトップ。でもあのブルゾン、リブが嫌いな人はいるはず。そういう人はG4かG3(短丈)を選ぶのだろうかと思ってたんだけど、裾にアジャスターついてたりするし、そもそもあの綿ポリのバラクータクロス、みんな好きなのかという。

このブルゾンは形も布も別物だ。

モデリストがどんな人かはまたの機会に詳しく書くとして、中野さんもこのモデリストも、「服」を作るプロだ。いわゆる「ファッション」の人間ではない(と思っている)。

G9はラグランだがこれはセットインスリーブ。形と生地に緊張感、というか切れ味があるので、この方が整合してるし綺麗だと思っている。

この背中からの、太くないようでゆとりを感じる袖への流れ。この線、美しい。試行錯誤したと感じさせないライン。でも今までの積み重ねの中で研鑽された一太刀のように澄んでいる。

生地はチョーク加工した高密度コットン。モデリストモッズコートに使われていたイタリア逆輸入チョーク加工コットンの紺のバージョン。ドライなタッチが気に入った。

カーキも良かったけど。この光沢が紺によく馴染むなと思う。このおかげで鍛錬された金属性みたいなものを帯びている。色名で言うなら「鉄紺」。

一目見た時、薄暗い港に停泊してるデカい密航船の船体部分が、暗い海の光をわずかに反射しているイメージを連想してしまったため、「あっこれはダブルクロスの中華スパイとかが着てるブルゾンだ」と瞬時に考え中野さんに怪しい感じのベースボールキャップ同素材で作れない?と反射的に聞いてしまった。 目深帽ではない。サプレッサー付きのM92を懐に忍ばせて小脇に新聞挟んで誤魔化してそうな奴。ポケットに手を突っ込んでドッグイヤー立ててキャップ被ってそうじゃないですか?

裏地の一部ではあるが、シルク100%のシアサッカー。アンスナムブログに上がっているエゴンシーレ的な歪んだチェックの茶も良かったがなにせ暗い海の光の紺なので。ちなみにこのシルクシアサッカー、正規発注するならば定価のメーター単価はたぶんウン万はくだらない。米沢凄い。

釦。何だこの異形のボタン。強い。こういう所。こういう所がアンスナム。こっそり飼ってる魔物が適度にひょっこり顔を出すんだけど、普段はしれっと日常に生きる。日常に生きる少女。

中野さんという人は、精霊信仰の中国少数民族の民族衣装を参考に、牛血と卵白で生地を加工しようと試みたりする。そんなヤバそうな人は私はアンスナムのデザイナー以外に聞いたことがない。旅が彼を狂わせたのだろうか。マッシモ・ピオンボみたいに旅情に狂う人もいれば、人の生身の情熱に狂う人もいる。さながらスカーレット喜美子。平和な顔して陶芸に勤しんでるけどその実、冗談抜きでその街を焼き尽くすかもしれないリスクを家族に隠し息子の教育資金を全額ぶっこんで穴窯で火を踊らせるのに爛々と輝かせる狂気。

その狂気を、重力を湛える静かな線に抑え込み、落としていくモデリストの技。

文句、何か書きたいんだけどシルクシアのせいで洗うのが水洗いが不安、くらいだろうか。何もない。完成度が高い。