異常な域のシャツ。
国内のシャツ職人は多くはない。表に出て「シャツ作って生計をたててます」なんて人は限られる。だからこの人に出会った時も正気かよ、と思った。
彼の名を知ったのはInstagram。南シャツの南さんから「知ってます?」と言われて見せられた覚え。正直言って知らなかった。
伺ったのは大阪、西のはずれ。朝イチで訪れたその地は、昨日のどんちゃん騒ぎの後片付けを街でしているかのような街だった。民家の最中にある、普通の家の青く塗られたシャッター。その2階。作り手の名は上岡さん。ブルーのスーツにシャツ。寡黙で30代そこそこといった風体。元は衣服の構造に興味があり、学校を出てスーツ関連で働こうとしたが、某師の目に留まりシャツを志すこととなったらしい。手縫の工程自体をビスポークの過程で施す事にこだわりを持っており、工場縫製ではなく手縫で提供したかったというもの。その実、手縫の箇所は非常に多い。いや、それよりも何よりも、こだわりの数が半端ではない。
実を言うと師匠だったのは某シャツ魔人の方なのだが、手縫いの考え方の違いで袂を分かった(?)らしい。手縫いにこだわり(後述するがこだわりは手縫いの9ポイントどころでは済まない)があるため、コスト度外視の作りをしている。大阪、恐ろしいとこやでえ。
camioのシャツのもう一つの特徴は襟だ。
カモメが羽ばたくような襟、と表現されているが、ジャケットのラペルの下に入り込むように出来ている襟。シュッとしている。ちなみに襟端から3mmのステッチ幅で、1cmに10針以上とかなり細かい運針。
なお、襟のアイロンの指示書が付いてくるがよくわからんと伝えたところyoutubeに動画をアップして説明してくれた。恐るべし。
Instagramを見てもらえればわかるが、多種多様なシャツを縫っている。全てビスポーク。「既製品とかやらないんですか?」との問いに「そうですねー、設備とか高いんでクラファンとか考えてるんですよ〜」との事。「まあ確かにそうですよね、100万とかじゃきかないっすもんね〜・・・いやいやそうじゃないだろ、普通外注じゃないですか?」「いえ、他人に任せられないんで・・・」出た、根っからの職人。
裾の折り返しは3mmで、身幅脇の縫い代は4mm。全体的にとにかく運針が細かい。スタートプライスが39000円でこれというのは凄く安い。安いというか、えっと、大丈夫でしょうか?御社の前期のPL、どうなっていますでしょうか?
着物を生地に使ったシャツを前に、「これ接ぎ合わせとか面倒じゃないですか、どうするんですこういうの。アップチャージどころじゃなくないですか?」「いえ、これは私の手間が増えるだけなんでノーカンです」いやいやいやいや。そこの手間ノーカンだったらどこカウントするんだ。本当にこういう狂気じみた職人がたまにいるので大阪は気が抜けない。
個人的に驚いたのは、師匠が師匠だけにタイトフィットで提案されるのかな、と思いきや割とそうではなかったこと。ゆとりがあり、ドレープも計算している様子で、上岡さん曰く「胸のダキと袖のゆとりの流れのマリアージュ」があるフィッティングが理想という事で、なんか美意識のレベルが別の世界なので目を見開いた。私はいわゆるブリティッシュの世界をそれほど深くやってはいないので、あのイングリッシュドレープの世界を踏まえると限られた層では合意を得る話なのかな、とも思った。いやそれとも南伊のたくましい胸周り想定なのだろうか。この辺りは是非とも答え合わせをしたい。まだこの状況もあり、納品後に上岡さんに会いに行けてはいない。
「Instagramとか更新した方が良いのでは」とか言っても、「いえ、自分は縫ったりしてる方が・・・」いますよねこういうアルチザン。気持ちはわかる。
東京にはscyltっていう異端のシャツ職人がいますが、モードの雰囲気を纏い展示会などに出展する彼とは別のタイプ。何というか、scyltが、マージナルな立地のマンション一室にあるアルザスヴァンナチュールに合わせたドイツ風ビストロだとしたら、職人手仕事で極める郊外一軒家リノベで執り行われる予約制隠れ家割烹、というノリ。東の風雲児に西の異端児。だいぶ面白いので、モノ好きな人は行くだろう秘境。
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