2016年に出来た、あたらしいブランド、scylt
コンセプトは「1枚でサマになるシャツ」。
 
シャツのパターンについて調べていてネットの海で辿り着いたのが昨年。
(今サイトでもボレッリの解体記事を書いているのだが、面白い。)
気になってはいたものの、機会があったのが今年。
 
というわけで、ビスポークでシャツを作ってみた。
結論から言うと美しい一着である。
 
 
アトリエは渋谷。開業したばかりの渋谷ストリームから明治通りを南下したあたり。出迎えてくれたのはデザイナーのワタナベさんで、他ブランドと二足の草鞋で運営している。店舗はない。
モードを通ってきた人らしく、サイトのコレクションも見てみるとモードっぽい表現のシャツが多い。ブザムが多いように思えたので、3とかを思い出したがナチュラルな印象よりもカッティングエッジだ。
 
デザイナー本人による採寸をし、仮縫いが一回の後、納品となった。
 
まず、身頃。
 
 
細腹があるのだ。これが面白かった。
スーツではよくある仕様であるが、例えばリベラーノのように細腹をなくして処理する方が美しい、とする考え方もある。
細腹があった方が立体に近くなるのだから、立体である人体に沿ったものを美しいとするのであれば細腹がある服のほうがより構築的で美しいとなるのだろう。
 
記事冒頭の写真の通り、ハンギングしても立体が出やすい。
柔らかいシャツのくたっとした印象も好きだけど、シャツのプラモデル然とした…立体物然とした、建築的な要素を際立たせたシャツに最近私は飢えていた。
 
ワタナベ氏は「ナポリ系好きな人は細腹嫌がるのでやめたりしますね」とおっしゃっていた。ビジネスユースでそういうシャツを経験した人はそれを抜いたオーダーが多いのだろうが、私は面白いなと思ったので採用。
脇の絞り込んだカッティングが強調され、美しい。個人的には満足している。ちなみにフロント二重指定なので、細腹部分は一枚生地になっている。
 
 
また、裾はシャルベと同様の後ろ着丈を長くする仕様+スリット。
身頃のブラウジングは避けタイトにフィットさせるので、ここでずり上がりをカバーしているらしい。
アメトラ・ブリトラ好きな人の一部は身頃のたっぷりとしたブラウジングを好む人もいるけど、私はあまり好きではない。
 
 
 
袖付け。
特筆すべきところは、ミシン+まつり縫いであり、且つまつり縫いの外側ラインの袖下、最も負荷がかかるこの場所のみミシン縫いにしている所。
細腹をとって三面構成にしているからこそこんな芸当ができるのだろう。
 
腕を横に持ち上げた際にある程度細腹で動きをカバーでき、前身頃に影響が出にくいというのがポイントだ。
 
さらに縫い幅はFRAYのルチア・パシン・ランディが誇ったそれを踏襲している。肩上の縫製幅と脇下の縫製幅を変えてきているのだ。これは上下での可動差を考えれば合理的なのだが、実施している所は多くはない。
 
 
 
なおマニカカミーチャのいせ込みは4mmらしい。
 
 
 
釦は4mm厚。
ボタンホールの幅が厚めで端が四角いので少し硬い印象かなと思ったが、留めやすいという良い点もある。
ご本人は「すいません、ここはまだマシンで外注先も含め大きな課題なんです・・・」とおっしゃっていた。誰か紹介してあげてください。
 
 
 
襟。
これがまた面白いカッタウェイ。
従来カッタウェイはあまり好かないのだが、コンセプトで「ネクタイ無しでサマになる」とあった上、「フラシでありながら「厚み」を重視したオリジナル仕様」とあったので即決であった。
厚みがあることにより、柔らかに立ち上がる。
 
ちなみに着用時、ヨークの前の縫製線、ジャケットで言う肩線が袖先に向かうにつれ後ろに流れていく。イタリアのジャケットにたまに見る感じだが、シャツで見たのは初めてだった。
 
 
 
ちなみにグリカンはシルクの太糸でやっている。あんまりシャツでグリカンに惹かれる事は無かったが、ジャケットのフラワーホールとかにうるさいバイヤーの人に「お、いいな」とか言われたので好きな人は好きなんだろう。
 
 
 
背中。
スプリットヨークで、且つ中央にギャザーがほんのりある。タックではなく少量のギャザー、というのがまた独特で、柔らかい印象がある。南シャツの背面全ギャザーも良いが、エレガンスという点でこちらも美しいと思う。
ちなみに、背中は服部さんの「斜辺裁断法」を参考にした採寸方法で背中の膨らみを測定しているらしい。測定を受けながら、僧帽筋と肩甲骨の膨らみを触診以外で測定する方法ってあるんや・・・と思った。セオリー派である。
 
 
 
生地はトマスメイソンを用いた。
ワタナベ氏のイチオシはポートランド120s’。というわけでフロントにそれを使用し、2重にすると厚みが出過ぎるため裏側にガーゼに近いzephyr100s’を貼った。DJAが開発した生地だとか。定番のシルバーラインだ。異なる生地を表裏に使うことで縮率の違いで剥ぎがぴりつかないかと、色々水通しの感じで影響が少なそうな2種を選んでいただいた。こだわりである。
 
 
 
しかし、本当に「一枚でサマになるシャツ」だ。
ドレススタイルでシャツ一枚になった時のシャツの感じとは違う、サマになるシャツ。
イタリア系のシャツにもう飽きた、てな人は作ってみると良い。仮縫い付きで30,000円代(2018年12月時点)という価格だけみても、セレショで3万の既製を買う経験よりよっぽど面白い体験ができる。
それから多分、アスリート体質・筋肉質な人がオーダーすれば、恐らく最大限マッチするシャツが仕上がるだろう。デザイナー自身そういう人をターゲットにしているし、肉体を美しく見せる手法に長けており、理想像としてそれを置いていると私は感じた。かなり控えめな方ながら、セオリーには長けている。