良いとの評判は耳にしていたが確かに良かった。

2013年創業。ブランドコンセプトは「日本の職人技を守り、継承する」。コンセプトに従って、縫製だけでなく生地からパターンまで全てを日本人の手で行い、細部の作りについて専門的な所まで踏み込み、具体的な説明としてセールスポイントに用いている。シャツから始まっただけあって、特に「前振り袖」に触れられている。個人的にオックスフォードで前振り袖をアピールしていたブランドは故フランクリン・テーラード位でしか見ていない。

ブランドサイトではアイテムごとの細部へのこだわりもしっかり記載されている。 https://kics-document.jp/about/

この中では、個人的には「後身頃より前身頃の生地分量を少なくする」というのは猫背体型が多い日本人には適切な処置と考えている。

デザイナーは武石さんというほっそりした女性。日大で工業デザインを学んだ後、カルバンクラインが卒業したNYのFITへ。その後デザイナーやディレクターの経験を経て、ブランドを2012年に立ち上げた。テーラリングをベースとすることが得意だとか。

シャツは女性が手がけるとよい、という意見をクラシック界隈で耳にしてきたが、それは手縫いの加減が得意だからという理由が主なものだと思っていた。いわゆる工場縫製ものでもそれは活かされるんだろうか。

大きく曲線を描くヨーク、前振りセットインスリーブ。口上の通りである。

肩は狭い感覚のダブルステッチ。これは他ではあまり見かけないが、綺麗に出来ているので優れた工場の証だろう。可動域のステッチは幅が狭い方が動かしやすい、とはかのFRAYのルチア女史も述べている。

全体的に女性が手がけた人体工学的なシャツ、という事からか、丸みが多い。バックヨークのほか、テールもまるいしカフスも通常より丸い。

さて、kics doumentのシャツは蘊蓄がとにかく多いので、ネットで調べればいくらでも出てくる。ディティールを語りやすいシャツだ。だから商売に関係が無いブログだからこそ書ける事を書いていこう。

たぶん、この優れた工場はNだろう。予測に予測を重ねるが、ここは私の好きな某セレクトショップTのシャツを生産している。また、この工場は私の苦手なFというブランドでも扱っている。Fでの価格が17000円。kics documentのヘビーオックスは20000円。となると一見割高と思いがちだが、そんなことはない。化繊混のFに対して、深く染色したヘビーオックスの生地、白蝶貝釦、釦への特殊な彫り(後述)、特殊で手の込んだパターン、そして何より重い生地を特殊な工程を加え精緻に縫いあげる労力、諸々を考えたら、この値付けで良いのか、と思う。

別にFを貶めたいわけではない。小売価格からどれだけ工場にお金が行っているかは消費者にはわからないものだ。Fはそのコンセプトから、kics document以上に工場に多く還元しているはずなので、その金額なんだろう。サステナだ。社会的企業だ。メセナ、CSR、フィランソロピー。何も言うまい。

これが刻印釦。なぜ一部の釦にだけ彫り込んで墨を入れるなんて面倒なことしたのだろう。全てではなく身頃の前立て一番下とカフだけ。ワンポイントのブランドロゴに代表されるこういうものを見ると、これいるのか・・・?こういう所がドメスティックブランドなのでは・・・?と思ってしまう。しかし、もしも「貝釦へのレーザー刻印と墨入れ」という技術が日本ならではの優れたものだとしたらどうだろう。

最初に書いたが、kics documentのブランドコンセプトは「日本の職人技を守り、継承する」。貝釦への手彫りタトゥーなんて、私は今までのシャツで見たことがない。せいぜいポリ釦への機械刻印位だ。もしこの技術が「日本の職人技」によるものだとしたら、それを継承するためにはこの技術に対価が払われねばならない。技術は使われなければ衰えるし消える。だからこのブランドはコンセプトに従ってこの仕様を取り入れたまでだ。

このシャツについて語られる事は重要だと思っている。ここまでの技術があったこと、これらを日本の職人たちが行っていたこと、これが実際に販売されていたことが記録されるからだ。近い将来、職人技術は衰退していくだろう。技術はどうしたって失われる。伝統工芸は、「失われゆく職人芸」、という謡い方で価値を付加することある。そんな時、後世の人々が思い返すきっかけさえあれば、復刻できるのだ。薩摩切子のように、必要だと思う人があらわれた時にまた蘇らせることができる。

このシャツは、オタクの持つシャツとして、語るシャツとして、申し分ない理由とディティールがあるのだと思う。