フィレンツェに住む谷さんというアルチザンの靴、である。フィレンツェの日本人職人シリーズ第二弾。なお第一弾は村田さんのsaicでした。
緑に囲まれたシェラトン都ホテル。職人、谷さんはその一室で、サルトリア・ラファニエッロのリネンセットアップを着て大人しく佇んでいた。色合いが気に入ったそうだ。ベージュながらもスモーキーというか、砂っぽい色合い。自然になじむテクスチャーが、フィレンツェの石畳に覆われた旧市街を思わせる――行った事が無い輩がこういう事を書くと”何言ってんだコイツ”、と思いませんか。本当に名前といい鼻持ちならない小賢しいブログですね。bengalです。
谷さんを知ったのは、ご存じ藤田雄宏氏が手がけるAfterhoursのこの記事。ズバリ「SAKというシューメーカーで経験を積み」という一節でグンと興味が湧いた。SAKと言えばアルチザン厨垂涎の靴ブランド。職人の昼間隆作氏が作るヴィンセント・ギャロコラボ、GUIDIレザーのCONVERSEなど、当時は喉から手が出るほど欲しかったが手に入らなかった(し、似合わなかった)。そこで修業をし、しかもその後働いたのがステファノ・ベーメル。そんな職人絶対アルチザンやん。と思い連絡したのである。
谷さんは日本の学校で靴を学んだあと、捨て身でイタリアに単身飛ぶ。靴屋を巡ったがどこも取ってくれず、途方に暮れていたところを昼間氏が拾ってくれ、そこからフィレンツェの靴職人人生は始まったらしい。ステファノベーメルの話しも色々と聞けた。以前、「ベーメルは吊りこみ三回やってる」みたいな噂を聞いたのだが、聞いてみたところではどうもそんなことは無さそう。まあそうよね。
ウエストはスクエアウエスト。「なんでスクエアウエスト好きなの?」
谷さんとしては、初期のベーメルってそういう男らしさがあって、それが好きなんです、とのこと。確かにベヴェルドウエストもフィドルバックも、職人の遊びというかシャツの手縫いと同じような「手仕事の誇り」みたいなものだと思う。意味はない。ただ、別にステファン・ジムネズさんが築き上げた近年のステファノベーメルを否定しているわけではない。ベヴェルドウエストは実際、見た目の妖艶さにはつながる。
昔はビスポークするならそういう「いわゆるビスポークらしい靴」を作りたいと思っていたが、ガジアーノを見ているうちに「本当にそれ履くか?」と不安になり、しばらくするとそういうギュインとした靴への興味が失せていた。
素材はチンギアーレが良かったのだが、残念ながらもう素材切れ。ノルウェージャンも出来ると言っていたので、チンギアーレでノルウェージャンという厳ついカントリーシューズを頼もうと思っていたが、硬くて普通に履けるものじゃないですよ、と言われ素直に諦めた。
まあ確かに、もともと男らしい見た目なのでここに表情が強い革でノルウェージャンとなると個性が強すぎるだろう。あまり過剰な靴を作りたくないために谷さんに頼んでいるわけなので、普通が一番。
仮縫いの2回目、リアルにできた靴をベースに、谷さんの指定で室内を10分ほど歩きまわる。仮縫いの靴で歩くのはマストだと思っているが、10分歩くと確かに感触が全く違う。ギュッとつかまれたように感じた踵も、ちょっときついかなと感じた甲まわりも、程よいフィットになった。ビスポークの経験がそんなにある方ではないが、何も言わないとしばらく歩かずとも先の工程に進もうとする職人もいたので、より丁寧と思われる。ありがたい。
ふだんの納期はわからないが、私の場合は谷さんの大きなライフイベント2つ+人気になり生産追いつかず、という事情があったため、21年の夏から~24年の夏までと、3年かかった。毎年仮縫いの夏。通常は1~1年半らしい。
毎年日本に来るたびにこっちに戻りたくなったりはしないんですか、と聞くが、イタリアを離れる事はないだろうと今は思っているとのこと。聞くに、とにかく飯が旨いとか。まあ美味し過ぎて国外に出てこない茸がある位だし、相当地元では美味しいものが食べられるんだろうな。安いだろうし。
安いと言えば、谷さんの若さからか、まだビスポークの価格はそれほど高くない。この品質に比してこの価格なら結構な説得力があると思う。まあ、だから生産が追い付かないほど人気になったのだろう。頑張ってください谷さん。仕上げ含め素晴らしい靴なので、頼むから無理して納期を縮めるようなことはせず、ゆっくり作っていただきたい。
bengal
YYRさま
コメントありがとうございます。釘の後なんですね。履き口と並行になっているラインの切替は、単なるデザイン上のものなのですかね。
YYR
中底の跡は木型に固定してた釘の跡かと。そして切り替えがあるのはパターンの関係で普通は踵の真後ろにあるものを隠すために踵の横に持ってきたものと思われます。